思い出の写真を少し掲載しました。動画は第1回OB会で作成していたものにナレーションを加えました。大洋デパート創業から今治大丸開店と閉店、関連会社サンマート店について簡単に作成者の保存してあった写真や記憶に基づきご紹介しています。今治市の景気浮揚が期待された瀬戸内海大橋(西瀬戸自動車道)の一つ来島海峡大橋についても少しふれています。
平成30年8月1日よりドンドビジョン(大型野外広告)の放映が開始されました。
同時に芝生の広場も有料で貸し出しが開始され利用者を募っています。
(写真クリックで複数枚の写真)
旧今治大丸店舗前付近は「どんどび」と呼ばれていました。
現在はレンガで暗渠に装飾されていますが、元は川の流れが見えていて手動の樋門が設置されていました。
(写真をクリックすると拡大され説明脾文も見れます)
大洋デパートは今治市本町1丁目に昭和37年12月5日に開店しました。
売り場面積は4,720u。
中2階3階建の建物で屋上には観覧車も設置されていました。
設置されていたエスカレーターは当時としては珍しかったのです。
大洋デーパート当時の1階売り場配置図です。
左半分が婦人雑貨、右半分が食品売場でした。中央に階段、上部にエスカレーターが設置されていました。
左入口が本町通り下方向入口は広小路の道路に面していました。
来島海峡大橋を吊り支えるロープの起点(アンカー)です。今治市小浦町の通称糸山に設置されています。
大橋を吊り支えるため山に長いトンネルを掘り岩盤に固定しています。
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来島海峡大橋架橋の為のケーブルが張られました。ロープは最新の防錆対策が施されているそうです。
今治市小浦町に設置されている糸山展望台から当時の眺望です
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関ヶ原の戦いでの戦功により伊予半国20万石を領した藤堂高虎が慶長13年頃(1608)築城されたと推測されています。瀬戸内海に面した海岸に築いた大規模な平城です。
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二の丸の表門。巨大な枡形や付随する多聞櫓によって厳重に守られていました。枡形に侵入した敵兵に対しては、門の上部を含め三方向から攻撃できる構造になっていました。
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